2025/05/22
医療法人を種類別に徹底比較
特定医療法人はもう作れない?
病院やクリニックの経営において欠かせない「医療法人制度」ですが、その枠組みの中には複数の法人形態が存在し、税制・相続・ガバナンスといった経営の根幹にかかわる要素に大きな違いがあります。なかでも、かつて“節税の王道と呼ばれた特定医療法人は、現在新たに設立することができない制度となっており、その扱いが経営判断の分岐点となっています。
本記事では、医療法人制度の理解を深めるために、現在選択可能な「持分あり医療法人」と「持分なし医療法人」、そして既存法人に限り維持が認められている「特定医療法人」の3つの形態を取り上げ、それぞれの制度的特徴とメリット・デメリットを比較整理します。
制度の違いは、将来的な事業承継や資産管理、組織運営の透明性に直結する極めて重要な論点です。単なる設立形態の違いではなく、10年先、20年先を見据えた「経営基盤の設計図」として、各法人形態をどう捉えるべきか――。経営者、後継者、関係専門家が共に検討すべき指針として、制度比較の視点を提供します。
特定医療法人とは?──高リターン・高ハードルの法人格
「特定医療法人」とは、厚生労働大臣の承認を受けた一部の医療法人にのみ認められる、極めて限定的な法人格です。最大の魅力は、法人税の軽減という他の法人形態にはない強力な税制優遇にあります。実効税率が一般の医療法人に比べて低く抑えられ、長期的には多大なキャッシュメリットを享受できます。
しかし、その分、制度の維持には極めて高いハードルが課されます。例えば、利益処分の制限、理事・役員の報酬上限、収益の公益的活用の義務など、経営の自由度は著しく制限されます。さらに、要件を満たし続けるためには、厚生労働省との継続的な調整や定期報告義務を負うなど、管理負荷も軽視できません。
現在では、新規での承認申請は事実上できず、過去に認定を受けた法人のみが制度を継続可能な“既得権的存在”となっています。したがって、今も特定医療法人のステータスを維持している医療機関は、高リターンを得る代わりに、高度な公益性と厳格な統治体制を要求される存在と言えるでしょう。
単なる節税目的で活用できる制度ではなく、長期的な運営哲学と行政対応力が試される、まさに「高リターン・高ハードル」の法人格なのです。
3つの医療法人の比較表
| 項目 | 特定医療法人 | 持分あり医療法人 | 持分なし医療法人 |
|---|---|---|---|
| 設立可否 | 不可(既存のみ) | 不可(既存のみ) | 可能(新規設立可) |
| 法人税率 | 約22%(軽減税率) | 約30%(通常税率) | 約30%(通常税率) |
| 出資持分 | あり | あり | なし |
| 剰余金の分配 | 不可 | 可能 | 不可 |
| 相続時の出資評価 | あり(対策必要) | あり(相続税リスク大) | なし(相続税リスクなし) |
| 役員報酬 | 制限あり | 自由 | 自由 |
| 公益性要件 | 高い | 低い | 中程度 |
法人形態の選択チャート
医療法人の制度設計において、どの法人形態を選ぶかは、「今」だけでなく「将来」何を重視するかによって大きく異なります。提示されたチャートは、その分岐点を明快に示しており、経営者としての意思決定に有用な視点を提供します。
まず、「節税を重視したい」という選択肢に対し「特定医療法人」が挙げられています。これは法人税率の軽減という極めて大きなインセンティブがある一方、新規設立はすでに不可能であり、今後新たに活用することはできません。したがって、これは既存法人向けの制度継続選択であり、制度維持のコストや制約への理解と覚悟が前提となります。
次に、「出資者への分配や個人財産化を主眼とする」場合、持分あり医療法人が該当します。創業者がリスクを取って立ち上げた法人に対し、将来的にキャピタルゲイン的な果実を得たいという思考には合致します。しかし、ここで無視できないのが出資持分に対する相続税の課税リスクです。特に法人評価額が高騰している場合には、遺族が多額の相続税を負担することとなり、法人の存続そのものが脅かされる可能性すらあります。
そして、「継承・ガバナンス・相続対策を重視」する経営者にとって、持分なし医療法人は極めて合理的な選択肢です。出資持分が存在しないため、相続税の課税対象外となるだけでなく、資金の返還義務がないことで財務基盤が安定し、長期的な視点での経営戦略を描くことが可能となります。また、法人と個人の財産が明確に切り分けられることで、組織の透明性が向上し、外部からの信用力や人材採用の面でも優位に立てます。
つまり、このチャートは単なる法人の種類を示すものではなく、経営者の価値観と未来像が表れる羅針盤です。目先の利益か、長期的な事業の安定か。その選択が、10年後の医療経営のかたちを決定づけます。
▶ 節税を重視したい → 特定医療法人(ただし新規不可)
▶ 出資者への分配や個人財産化が主眼 → 持分あり医療法人(相続に注意)
▶ 継承・ガバナンス・相続対策を重視 → 持分なし医療法人
なぜ今でも「特定医療法人」は注目されるのか?
「特定医療法人」は、すでに新設ができない制度でありながら、今なお医療業界で注目を集め続けています。その最大の理由は、法人税率が通常の医療法人よりも低く抑えられるという、非常に大きな税制上のメリットにあります。実際、既に承認を受けている法人の多くは、制度要件を満たすことで現状維持を選択しています。
一方で、こうした優遇措置の裏には、見逃せない制約も存在します。役員報酬への上限設定や利益配分の制限、さらには厚生労働省との定期的な調整や報告義務など、運営における制約やコストは決して軽いものではありません。特に、法人としての公益性の維持が厳格に求められる点は、経営の自由度に一定の制限をかける要因となります。
それでも制度を維持する選択がされるのは、やはり節税インセンティブが非常に強力であるからです。経営の安定と税務メリットのバランスをどう取るか――その判断こそが、特定医療法人を運営するうえでのカギとなっています。
「持分なし医療法人」が選ばれる理由
近年、医療法人制度の中で「持分なし医療法人」への移行が進んでいます。その背景には、以下のような明確なメリットがあります。
- 出資持分がなく、相続税の対象外
従来の「持分あり法人」では、出資者が亡くなると持分に対して相続税が課され、法人にとって大きな財政リスクとなっていました。持分なし法人ではそのリスクが解消され、スムーズな事業承継が可能になります。
- 資金の返還義務がなく、経営が安定
持分あり法人では、出資者が退職や脱退する際に資本の返還義務が発生します。持分なし法人ではこの義務がないため、法人内部に資金を安定して留保でき、経営に集中できます。
- M&Aや第三者承継がしやすい
持分が存在しないことで、出資の買い取りや評価の問題が発生せず、外部への譲渡や事業承継がスムーズに行えます。これは、今後のクリニックM&A市場においても大きな利点です。
- 透明性の高いガバナンスが可能
持分による影響を受けず、役員の選任や意思決定の公正性が保たれやすいことから、組織運営における信頼性や透明性が高まります。将来を見据えた経営体制を築く上で、「持分なし医療法人」への移行は、有力な選択肢となっています。
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出資持分がなく、相続税の対象外
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資金の返還義務がなく経営が安定
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M&Aや第三者承継がしやすい
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透明性の高いガバナンスが可能
戦略としての法人形態の選択
医療法人は単なる「箱」ではありません。それは、医療機関の事業を支える制度としてのインフラであり、経営の未来を左右する“設計図”そのものです。たとえば、持分の有無や法人形態の選定は、設立時の税務的なメリットだけでなく、10年後の事業承継や分院展開、ガバナンス構築の柔軟性にまで影響を及ぼします。
目先の節税や設立の手軽さにとらわれた制度設計では、将来的に人材の確保や経営の自由度を狭めるリスクが生じます。逆に、初期段階から中長期の視点で法人を設計すれば、資産の保全・分配、後継者育成、外部との連携強化など、多くの戦略的選択肢が拓けます。
つまり医療法人とは、ただの器ではなく、経営の“伸びしろ”を決定づける枠組みなのです。今の決断が、未来の経営の自由度を決める。制度設計は、そのスタート地点に過ぎません。
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