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クリニック承継・相続で発生する特有のリスク集

2025/09/04

クリニック承継・相続で発生する特有のリスク集

少子高齢化や医療制度改革の進行、地域ニーズの多様化などにより、日本の医療現場は大きな転換点を迎えています。なかでも深刻化しているのが、開業医の高齢化と「クリニック相続」問題です。多くの医師が70代、80代まで第一線で診療を続けている一方で、後継者が見つからず、廃業や閉院を余儀なくされるケースが年々増加しています。

クリニックの承継には、病院とは異なる数多くの難しさが存在します。医療法人の継続や土地建物の相続、医療機器の資産処理に加え、院長と患者・スタッフとの信頼関係、地域に根差した医療の継続性など、「数値化できない価値」の引き継ぎも避けては通れません。これは単なる事業承継ではなく、“クリニックという人格の相続”といえるほど、感情的・社会的な要素が強く絡みます。また、医師のライフステージが変化する中で、「子どもが医師にならなかった」「法人として成長させたいが人材がいない」「M&Aを検討したいが誰に相談すべきか分からない」といった声も増えています。こうした状況において重要となるのが、経営視点と医療現場の両方に精通した外部パートナーの存在です。

私たち一般社団法人SECONDは、まさにこのような複雑なクリニック相続・承継の課題に対し、「ともに考え、ともに動く」という姿勢で寄り添う存在として設立されました。分院展開・移転計画・ナンバー2の育成支援などを通じて、開業医が経営と医療の狭間で孤立せずに、安心して“次のステージ”へと進めるよう支援しています。本記事では、クリニック相続における根本的な課題を明らかにし、承継リスクを構造的に捉えるための視点と対策を、SECONDの現場経験をもとに体系的にご紹介していきます。医院を未来へつなぐための第一歩として、今まさに「まだ早い」と思っている段階から、意識的な準備を始めることの重要性をお伝えできれば幸いです。

1. 後継者不在がもたらす医療崩壊リスク

日本全国で、医師の高齢化と後継者不在により閉院に追い込まれるクリニックが急増しています。厚生労働省の最新データによると、開業医の平均年齢はすでに60歳を超えており、なかには70代、80代でなお現役として地域医療を支える医師も少なくありません。こうしたベテラン医師たちは長年にわたり地域住民の健康を守ってきた存在であり、彼らの引退は単なる「経営者の引き際」では済まされない問題へと発展しています。特に深刻なのは、こうした高齢開業医の多くが後継者を確保できていないという事実です。後継者候補となる子どもが医師にならなかった、あるいは別の専門分野を選んだ、または都市部での勤務を希望してUターンを拒否したなど、様々な背景がこの問題を複雑にしています。

この後継者不在の問題が顕著に表れているのが、地方・郊外における中小規模のクリニックです。都市部と異なり、1つの診療所がその地域における唯一の“かかりつけ医”であることが珍しくなく、そこが閉院すれば近隣の住民は定期通院や急な体調不良の際に頼れる場所を一気に失うことになります。とりわけ高齢者や交通手段を持たない方にとっては、次にアクセスできる医療機関が数十キロ先という事態も現実的に起きています。これが俗に言う「医療の空白地帯化」であり、実際に地域の医療資源がごっそり消えることで、健康不安や予防医療の後退、最悪の場合には救急搬送の遅れや重症化リスクの増大といった波及的な影響をもたらします。

さらに問題を複雑にしているのが、現在の医療政策が地域包括ケアシステムや在宅医療を推進しているという点です。これは患者が住み慣れた地域で医療・介護・生活支援を一体的に受けられる体制を目指すものであり、クリニック、特に地域密着型の診療所が果たすべき役割は年々大きくなっています。つまり、開業医の引退は個人の事情にとどまらず、制度全体への影響を及ぼす“社会的な損失”でもあるのです。医師不足が深刻化している地域においては、新たに代わりの医師を招聘すること自体が難しく、閉院したあとの建物や設備がそのまま放置され、地域全体のインフラとしての価値が失われていく様子が各地で見られています。

このような事態を防ぐためには、医師自身が現役として活躍している段階から、引退後のビジョンを描き、後継者の確保や第三者への承継、あるいは分院展開による中核人材の育成など、早い段階からの計画的なアクションが必要不可欠です。加えて、自治体や医師会、専門家などが連携し、後継者候補の育成や事業承継のマッチング支援を強化することが求められています。もはや「まだ早い」「うちは大丈夫」という考え方が通用する時代ではなく、地域全体の健康を守るための“社会的責任”として、すべての開業医がこの問題に向き合う時期に来ているのです。

2. クリニック経営に潜む“個人特化”リスク

多くのクリニックに共通する構造的な問題として、「経営者=院長個人」への依存度が極めて高いという点が挙げられます。一般的な中小企業であれば、経営者が交代しても部門ごとの役割や業務マニュアル、組織構造によってある程度の引き継ぎが可能ですが、クリニックの場合は診療・経営・人事のほぼすべてが“院長一人”に集約されているケースが非常に多く見られます。これは言い換えれば、医療行為だけでなく、スタッフマネジメントや患者対応、経理や備品管理に至るまでの多くの意思決定や実務が、院長個人の判断と経験に基づいて行われているということです。

このような属人的経営は、日々の診療においてはスピーディーかつ柔軟な対応を可能にする一方で、後継者へのバトンタッチという場面になると大きな障壁となります。後継者がいたとしても、患者は“院長そのもの”に信頼を寄せて通院しているため、新しい医師が来ても「診療スタイルが違う」「説明があっさりしている」「先生の顔が変わったから不安だ」といった理由で離れてしまうケースが後を絶ちません。特に、地域密着型のクリニックでは「先生と患者の距離が近いこと」が強みである反面、継承後に患者数が一気に減少するリスクをはらんでいます。

また、院内のスタッフも同様です。長年にわたって築かれた“院長との信頼関係”がチーム運営のベースになっている場合、後継者に対する不信感や不安が離職やチームの分裂を招く可能性もあります。さらに問題なのは、クリニック内の業務プロセスや経営データが形式知化されておらず、紙ベースや口頭での引き継ぎに頼っているケースが多いことです。レセプト処理、検査オペレーション、外注業者との連絡ルールなど、現場で暗黙知として共有されていたものが、院長の引退とともに失われてしまう可能性もあります。

実際、後継者が引き継いだ後の1〜2年間で、患者数が20〜30%以上減少した、スタッフが半数以上入れ替わった、業務が回らなくなったといった事例は少なくありません。このような“承継リスク”は、後継者の能力不足ではなく、継承元である現経営者の準備不足によって引き起こされていることが大半です。こうした事態を防ぐためには、まず日常業務の可視化・マニュアル化を進めることが第一歩です。受付対応のフロー、診療時間中の看護動線、トラブル時の連絡系統など、普段は無意識にこなしている業務ほど言語化・文書化しておくことで、誰が運営しても“診療の質”を落とさずに済む体制づくりが可能になります。そして、医師だけでなく、現場スタッフや外部専門家を巻き込んだ「組織としての継承」に移行することで、経営の安定性と持続可能性が格段に高まります。院長個人の力に頼る時代は終わりつつあります。今後のクリニック運営には、“人に依存しない構造”と“いつか誰かが継げる経営”への転換が求められているのかもしれません。

3. 承継・廃院・第三者譲渡、それぞれの現実

クリニック経営における“引き際”は、単なる経営判断ではなく、医師としての人生の集大成であり、地域医療への責任をどう果たすかという倫理的な問いでもあります。実際に開業医が選択しうる出口戦略には、大きく分けて以下の三つが存在します。

一つ目は「親族承継」です。これは伝統的なモデルであり、自身の子や親族が医学部を卒業し、同じクリニックを継ぐという形です。しかしこのケースは年々減少しています。医師の子どもが必ずしも医師を志すとは限らず、仮に医師になっても別分野を選んだり、都市部での勤務を希望するケースが多いため、親族による継承は決して前提とはなりません。

二つ目は「第三者承継」、いわゆる医療法人や個人開業医とのM&Aによる譲渡です。近年はこれを専門にサポートする企業や仲介機関が多数現れ、以前に比べてスキームが整備されつつあります。買い手側も「診療圏・収支・スタッフ定着率」など多角的な視点でクリニックを評価するようになり、より現実的な承継ルートとして広がりを見せています。ただしこの方法には落とし穴もあります。買い手候補が事業としての収益性ばかりを重視し、地域性や既存患者の特性、医療の質といった本質的な要素を軽視する場合、承継後に患者離れやスタッフの混乱を引き起こす可能性があります。したがって、「理念や医療観を共有できる相手を見つけられるかどうか」が成功の鍵を握っているのです。

そして三つ目が「廃業」です。これは後継者が見つからず、売却交渉も難航した場合の最終手段です。閉院は経営的には選択肢の一つに過ぎませんが、実際にはさまざまな現実的な問題を伴います。まず第一に、通院患者への影響です。突然の閉院により、継続的な治療を必要とする患者は行き場を失い、地域に医療的な空白が生まれます。また、長年ともに働いてきたスタッフの雇用や将来にも重大な影響が及びます。さらに、医療機器の処分、賃貸契約の解消、電子カルテの保管義務、法人清算に伴う法務や税務など、廃業には予想以上の手間とコストがかかります。精神面においても、患者と地域に支えられてきた日々の重みを思えば、院長にとって廃院の決断は決して軽いものではありません。

こうした複雑な現実を前にして、最近では「医療継承コンサルタント」や「医師向けM&Aプラットフォーム」の活用が広がりつつあります。承継は単なる契約行為ではなく、長い準備期間を要するプロジェクトです。大切なのは、時間的にも心理的にも余裕を持って動き出すことです。思い出深い診療所を、信頼できる人に託すためにも、自身と向き合い、未来を見据えた一歩を早めに踏み出すことが、もっとも確実な選択につながります。

準備なき承継は、すべてを失う

クリニックの後継者問題は、もはや一部の限られた事例ではなく、すべての開業医がいずれ直面する普遍的な課題です。診療技術や経営ノウハウだけでなく、地域との信頼関係、スタッフの連携体制、法人の運営構造など、長年かけて築いてきた「医療という仕組み」を次世代へと確実に引き継いでいくには、早期の準備と戦略的な実行が欠かせません。経営リスクを放置すれば、いざ引退や体調不良といった場面で、閉院や急な廃業といった最悪の選択を迫られる可能性もあります。一方で、リスクを“見える化”し、誰が引き継いでも一定の質を保てる仕組みを整えることで、患者、スタッフ、そして家族の未来を守ることができます。承継とは、単なる“事務手続き”ではなく、時間をかけて進めるべき“経営課題”なのです。「引き渡す日」から準備を始めるのでは遅く、「まだ先だ」と思う今こそが、最初の一歩を踏み出すべきタイミングです。誰にバトンを渡すかよりも、「どうやって渡すか」を設計することが、結果として医療の持続性と安心をもたらします。未来の安心は、今日の行動からしか生まれません。

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