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医療機関ならではの相続と承継のしくみ

2025/09/04

医療機関ならではの相続と承継のしくみ

クリニック相続の基本~医療機関ならではの相続と承継のしくみ~

クリニック相続は一般家庭とは異なり、「財産の相続」と「事業の承継」が同時に発生します。以下では、医療機関ならではの相続の注意点と対策を5つの観点から整理します。

1. クリニック相続は「資産相続+事業承継」の2つで成り立つ

クリニックの相続は単なる財産分与にとどまりません。開業医の高齢化が進む中で、クリニック相続は「資産相続」と「事業承継」という2つの側面が不可分に結びついた重要テーマとなっています。全国の開業医の平均年齢は2024年時点で60.7歳とされ、5年以内に引退を検討している医師は全体の約3割にのぼります(日本医師会調査)。こうした中、相続・承継を見据えた準備の重要性が高まっています。まず「資産相続」とは、診療所が保有する土地・建物・医療機器・車両・レセコンなどの有形資産、預貯金・有価証券などの金融資産、さらに営業権(のれん)といった無形資産まで含めた財産の引き継ぎを指します。これらは民法上の相続対象であり、法定相続人間での分割協議が必要になります。

一方「事業承継」は、診療報酬請求の継続、スタッフ雇用の維持、診療体制の引き継ぎなど、医療機関としての活動の継続に関わる部分です。たとえば、診療所の開設者変更届や、保険医療機関指定の再取得など、法的・行政的な手続きを伴うプロセスとなります。また、患者や地域との信頼関係、スタッフとの関係性など、無形ながら重要な要素の引き継ぎも欠かせません。これら2つの側面を同時に考慮しなければ、たとえ資産の相続が完了しても診療継続に支障が出る可能性があります。たとえば、後継者がいないまま相続が発生した場合、スタッフの雇用が宙に浮き、患者の診療が一時停止するなど、地域医療に深刻な影響を及ぼします。

現代のクリニック相続は、単なる相続対策ではなく、経営戦略の一環と捉えるべき時代に入っています。特に医療法人を活用している場合、出資持分の相続税評価や、法人の継続性確保など、複雑な要素が絡むため、相続=資産分配という従来の発想だけでは不十分です。そのため、クリニックを承継予定の家族がいる場合でも、専門家の助言を得ながら、「資産相続」と「事業承継」を一体的に捉えた対策を講じていくことが、円滑な相続・承継のための鍵となります。

【統計データ】開業医の年齢構成(厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」2023年)

年齢区分開業医の構成比
70歳以上27.6%
60~69歳33.4%
50~59歳25.1%
40代以下13.9%

上記から、60歳以上が全体の約6割を占めており、今後5年以内に多数のクリニックが承継と相続を必要とする局面に入ると推定されます。

資産相続とは?

「資産相続」とは、以下のような有形・無形資産を相続人が引き継ぐプロセスです。

  • 土地・建物(診療所施設)
  • 医療機器(内視鏡、超音波装置など)
  • 診療報酬の未収金
  • 預貯金・運転資金
  • 営業権(のれん)

これらは民法上の財産として評価され、相続税の課税対象となります。特に営業権については、実際の収益力に基づいて1,000万〜3,000万円程度の評価がなされることが多く、相続人にとっては想定以上の税負担となることもあります。

事業承継とは?

一方、「事業承継」は次のような運営・人的資産の引き継ぎを指します。

  • 保険医療機関の再指定
  • スタッフの雇用継続(退職金・雇用契約)
  • 患者対応(継続診療の告知・信頼の維持)
  • 診療方針や地域貢献の継承

たとえば、承継届や診療所の開設者変更届を提出していないと、診療報酬の請求ができず、事業資金の回収が滞ります。また、スタッフの信頼を失うことで一斉退職が発生し、事業自体が破綻することもあります。

事業承継の準備不足で閉院は毎年100院以上

近年増加傾向にあり、全国で毎年100件以上の小規模クリニックが閉院に追い込まれているとされます(医療M&A白書2024より)。

専門家のサポートによる統合的対策が必須

資産と事業の両方を意識した承継には、次のようなステップが必要です。承継は「財産の移転」ではなく「経営の継続」と考え、医療・法務・税務に精通した専門家とともに計画的に進めることが、円滑なクリニック相続の鍵です。

対策領域具体的なアクション推奨時期
税務資産評価・納税資金の試算相続3年前から
法務遺言・後継者指定・遺留分対策相続2年前から
経営後継者の育成・スタッフの巻き込み相続1年前から

 

2. 個人開業と医療法人では、相続の仕組みが異なる

クリニックの相続方式は、開業形態によって大きく異なります。特に、個人開業と医療法人では、法律上・税務上・運営上の処理が全く異なり、後継者や家族が準備すべき内容も変わります。

統計データ

  • 厚生労働省「医療施設動態調査」(2023年)によると
    • 全国の診療所数:約10万施設
    • 医療法人化している診療所:約46%
    • 個人開業の診療所:約54%
  • 法人化の進展は見られるものの、個人開業が依然として多数派。

 

実例:持分あり医療法人の相続税問題

  • 場所:大阪府/耳鼻咽喉科クリニック
  • 状況:理事長が急逝。出資持分3,000万円に対し、相続税評価額が5,200万円。
  • 結果:納税のため法人資産を取り崩し、資金繰りが悪化。スタッフが退職。

 

3. よくある誤解と放置リスク

クリニック相続では、誤った理解や準備不足によるリスクが多く潜んでいます。
日本医師会の2023年調査によれば、60歳以上の開業医のうち「相続や承継対策を行っていない」と回答した医師は全体の約64.5%にのぼります。
以下に、代表的な誤解と放置によって生じやすい問題を整理します。

よくある誤解

  • 「家族で話し合えば自然に決まる」

    → 相続発生後に利害が対立し、遺産分割協議が長期化する原因になります。
  • 「うちは医師の息子がいるから問題ない」

    → 医師資格があっても経営力や承継の意思がなければ継続は困難。院長交代でスタッフが離脱するリスクも。
  • 「相続税は資産だけの話で、事業には関係ない」

    → 医療法人の出資持分や営業権が高額評価され、結果的に多額の相続税が発生します。

放置によるリスク

放置した場合の状況主なリスク
後継者が未定廃院リスク、スタッフ解雇、診療報酬請求不可
遺言書や承継契約が未整備法定相続人間の紛争、家庭裁判所の関与
出資持分の評価見直し未対応高額な相続税発生、納税資金不足による資産売却

実例:承継準備不足で発生したトラブル

  • 神奈川県/整形外科クリニック

    院長が急逝し、後継者は医師だったが診療科が異なり、スタッフの半数が退職。
  • 愛知県/内科医院

    出資持分の相続税評価が想定より高く、納税のために不動産を売却せざるを得なくなった。

このように、準備不足や誤解はクリニックの継続性に深刻な影響を及ぼします
誤解を正し、放置せず早期に具体的な準備に着手することが、家族・患者・地域の信頼を守る鍵です。

 

4. スムーズな承継のために今できること

スムーズなクリニック承継のためには、事前の準備と関係者の合意形成が不可欠です。以下の4つのステップを軸に、段階的な対策を講じましょう。

ステップ1:遺言書と承継計画の作成

診療所の所有権や医療法人の出資持分の分配を明確にする遺言書を作成し、加えて事業承継計画として「誰が継ぐのか、どのように引き継ぐか」を文書化します。これにより、相続トラブルの予防と事業の継続性が確保されます。

ステップ2:医療法人の持分見直し

持分あり医療法人は、出資持分の相続税評価が高額になるリスクがあります。国の方針としても「持分なし」法人への移行が推奨されており、専門家と相談のうえ、認定医療法人への移行や生前贈与などの検討が必要です。

ステップ3:後継者との早期コミュニケーション

後継候補者が家族であっても、意思確認と診療体制の擦り合わせが重要です。可能であれば、数年にわたる引き継ぎ期間を確保し、診療・経営・人事管理に関する知識と経験を蓄積させましょう。

ステップ4:スタッフ・患者・取引先への周知と信頼維持

承継のタイミングでスタッフが不安定にならないよう、段階的な情報共有が必要です。患者に対しても誠実な説明を行い、地域医療機関としての信頼を損なわないように配慮しましょう。

 

5. まだ先の話と思っていませんか?後悔しないための相続準備

相続は突然訪れます。後継者の有無、承継意思、経営知識の継承、スタッフ・患者との関係構築など、多くの課題に備えるには時間がかかります。「いつか」ではなく「今から」準備することが、クリニックの未来を守る第一歩です。「相続」は人生の終末期に訪れる問題と思われがちですが、実際には“今”こそ備えるべき課題です。準備を怠った結果、遺された家族が争いに巻き込まれたり、莫大な税負担に苦しんだりするケースは少なくありません。

2022年度の国税庁の統計によると、相続税の申告が必要になった被相続人の割合は全体の8.9%(約13万件中約1.1万件)ですが、都市部に限ればこの割合は15%を超えるエリアもあります。特に土地や不動産を保有している方は、相続財産の評価額が跳ね上がるため、課税対象となるリスクが高まります。

相続対策には大きく3つの柱があります。

  1. 資産の棚卸しと評価
    現預金、不動産、有価証券、事業資産など、保有資産を可視化することで、相続税の試算が可能になります。不動産に関しては、路線価や固定資産税評価額を活用するだけでなく、実勢価格との乖離にも注意が必要です。
  2. 遺言書の作成と家族間の合意形成
    遺産分割で最も揉めやすいのが「誰が何をどれだけ相続するか」という点です。公正証書遺言を活用することで、意思を明確に残すことができ、紛争を未然に防げます。家庭裁判所の調停件数(令和4年:13,924件)からも、遺産分割におけるトラブルの多さが浮き彫りになります。
  3. 節税・納税資金の準備
    相続税は原則、現金一括納付です。事前に生命保険の活用や、生前贈与の実施、納税資金の確保(不動産の売却準備、借入計画など)を行うことで、相続発生後の混乱を防げます。例えば、年間110万円の非課税枠を活用した生前贈与を10年間継続すれば、最大1,100万円の資産移転が非課税で可能です。

また近年は、「家族信託」の活用も注目されています。高齢化に伴い認知症による判断能力低下のリスクが高まる中、資産管理や事業承継に柔軟に対応できる制度として急速に普及しています。実際、信託口座の開設数は2020年から2023年にかけて約1.5倍に増加しています(信託協会調べ)。相続準備は単なる節税対策ではなく、家族の絆を守る“未来設計”です。早めの準備が、「相続」を「争族」にしない最大のポイントです。専門家との連携を図りながら、まずは“今ある資産の棚卸し”から始めてみてはいかがでしょうか。

 

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